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2008.11/22 [Sat]
踏み出した一歩 〔第3話〕
〔第3話〕
―――数刻の後。
斎藤は土方への報告を終え自室へ戻る途中、外から戻ってきた原田とかち合った。
「……帰ってきたのか。」
「ああ。新八とは最初から目的が違うからよ。」
そういうと、原田は指先でお猪口の形を作り、杯を空ける真似をしてみせながら笑っている。
「……で、その手の包みは?」
『ああ、これか。』と小さな包みを目の高さまで持ち上げ、
「アイツにちょっとした土産物だよ。ちょっとしたっつってもいつもの金平糖なんだけどな。」
そう言いながら笑う原田の顔は、とても優しい表情をしている。
一緒にいる者を安心させるような……斎藤からみても原田はそんな人間的魅力のある人間だった。
「んな怖ぇ顔すんなって。いいだろ?金平糖くらい。」
こういうからかいの言葉も原田に言われるとそれ程心が波立たないのはやはりそれも彼の人柄ゆえの事だろう。
そのまま二人で歩いてゆくと―――廊下の先に何か落ちている。
傍まで行って拾い上げると、それは常日頃彼女が使っている髪の結い紐だった。
「ったくしょうがねぇな。……じゃ、俺コイツと一緒にちょっと部屋の入り口まで届けてくるわ。」
もう一度包みをひょいと持ち上げて見せた後、原田は千鶴の部屋へと向かった。
それだけの用にわざわざこんな時間一緒について行くこともあるまいと歩き始めた斎藤の背を追うように
「おいっ斎藤っっ!!」
今しがた千鶴の部屋へと向かったはずの原田が潜めた……けれどとてもするどい声で呼び止めた。
その声の調子で何か起きたのだと察し振り向くと、原田が顔を強張らせて近づいてきた。
「どうした。」
「アイツが部屋にいねぇ。部屋だけじゃねぇ、厠にも中庭にもいねぇし……」
『第一、布団が敷いてねぇんだよ』という原田の言葉に、斎藤は眉をひそめた。
先程、風呂上りの千鶴と廊下で別れてからかなりの時間が経っている。
あの後彼女は自分の部屋へと戻ったのではないのか?
「……探すぞ。」
言うなり静かに走り出した斎藤を、原田も無言で後を追った。
「俺はな、ずぅっとお前が目障りだったんだよ。」
酒の匂いを強く撒き散らしながら、男はわざと千鶴の耳元で囁くように言葉を発した。
―――まるで嫌がる姿を楽しむかのように。
敷地の隅にある蔵に連れ込まれた千鶴は、荒縄で後ろ手に縛り上げられ、先程からずっと言葉で嬲られていた。
男は斎藤の率いる三番組の隊士だった。
組長である斎藤に憧れ、尊敬し、彼の役に立てるのなら命を投げ出すことさえ厭わないと公言する男だった。
「俺たちはな、命張ってんだよ。命張ってでもあの人達に認めてもらいてぇって必死なんだよ。」
『なのにお前は―――』
同じ組に属する自分ですらあまり会話をした記憶のない斎藤や、普段近寄りがたい存在の幹部の人間達が
何の役にも立たないこのひ弱な人間を大事に扱う事が納得できなかった。
実際千鶴は巡察に同行する事はあっても、いつも誰かを探している風で刀を使う姿を見せた事がない。
洗濯や掃除など出来る範囲で土方の許可を貰い動いているがそれはあくまでも幹部の分のみ。
日頃千鶴の存在を否定している男の眼には、『何の役にも立っていない』ように映っていたのである。
「だからよ、今夜は言いてぇ事全部言わせてもらうまで、お前をここから出すつもりはないから。」
斎藤と別れてすぐここに連れ込まれたため、身体はすっかり冷え口の中で歯がカタカタと音を立てた。
「……もうやめませんか?こんな事やっても何も変わらないと思います。」
「変わらないってのはどういう事だよ。これから先もお前は役立たずのくせに幹部に大事大事にされてくってのか。」
―――先程から何度繰り返されたか判らない同じやりとりに、千鶴は思わずため息を漏らした。
それが男の癇に障ったらしい。
赤く濁った眼でジロリと見下ろし、
「……気にいらねぇな。お前の何の汚れも知らねぇってその面が気に入らねぇよ。だったら一層のこと―――」
そういうと男は自分の唇を無理やり押し付けてきた。
男は千鶴が本当は女だと知っていたわけでも、衆道の気があったわけでもない。
ただ酒で気が昂ぶっていたのだろう。
「……っんっっ!!」
唇に押し当てられるぬめっとした感触が気持ち悪い。
男の荒い呼吸が無理やり唇をこじ開けさせ、酒臭い息を送り込んでくる。
息ができなくて……苦しくて頭の芯がボォッとなった千鶴の隙をつき、男の唇が首筋へと移った。
嫌がって身を捩る千鶴の身体を上から押さえ込み、首筋に幾つもの痕を残してゆく。
あまりの恐怖に声が出ない……けれどこのままでは……と、自分の気持ちを奮い立たせ、
「いやぁっっ!!誰かっ……斎藤さんっっ!!」
まるでその声に応えるように蔵の扉が開き二つの影が飛び込んできた。
「……何をしている。」
斎藤が男に問いかける声は、今まで耳にしてきたどんな時の声よりも冷たく突き放すような声だった。
「……ひでぇことしやがる……おい、大丈夫か?」
原田が手を拘束していた荒縄を解いている間、斎藤は尚も男に畳み掛ける。
「ここで一体何をしている。」
「あ、あの……俺は……その……」
「斎藤さん……あの、私もう大丈夫ですから。」
事を荒立てまいと間に入って止めようとする千鶴の首筋に残っている幾つもの痕が目に入った瞬間、
斎藤は頭にカッと血が上り身体の熱があがるのを感じた。
次に気付いた時にはもう、左手は強く拳を作り、足元には男が倒れていた。
「その状態のどこが大丈夫なのか言ってみろ!俺達が駆けつけてこなかったら今頃お前はどうなっていた!!」
こんな風に話す斎藤の姿を、千鶴はおろかその場にいた原田ですら今まで目にした事がなかったように思う。
その言葉に、それまで気丈に振舞っていた千鶴の脳裏には先程までの恐怖と男の唇の感触が甦り、
両腕でギュッと強く自分を抱きしめ、涙で顔を歪めた。
寒さと恐怖で身体を震わせる千鶴を見兼ねた原田が、
「……斎藤、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ?」
そう口を挟むまで、斎藤は千鶴を睨み続け、千鶴はその突き刺さるような視線に耐え切れず俯き涙を零していた。
「……コイツは、俺が部屋まで連れて行くから。お前はソイツの事と土方さんへの報告を……な。」
『ほら、行くぞ』と原田が肩を抱き蔵を連れ出す間際、千鶴は濡れた瞳で斎藤を見上げた。
瞬きもせず、自分の堅く握りしめた拳を睨み続けている斎藤の姿に、千鶴はもう何も言えなかった。
外はいつの間にか雨が静かに降りだしていた。
「いいか?今夜はもう何も考えずに、もう寝ちまえ。」
障子を閉めた原田の耳に、雨に掻き消されそうな千鶴の声が届いた。
こんな夜遅く、周りに迷惑をかけまいと布団にでも顔を押し当てているのだろうか……
「…っ…ふっ……斎藤さん」
……それは小さな小さな嗚咽だった。
(次回へつづく)
今回のタイトルは『恋したくなるお題』様の【歩み寄る二人の為のお題】からお借りしました
―――数刻の後。
斎藤は土方への報告を終え自室へ戻る途中、外から戻ってきた原田とかち合った。
「……帰ってきたのか。」
「ああ。新八とは最初から目的が違うからよ。」
そういうと、原田は指先でお猪口の形を作り、杯を空ける真似をしてみせながら笑っている。
「……で、その手の包みは?」
『ああ、これか。』と小さな包みを目の高さまで持ち上げ、
「アイツにちょっとした土産物だよ。ちょっとしたっつってもいつもの金平糖なんだけどな。」
そう言いながら笑う原田の顔は、とても優しい表情をしている。
一緒にいる者を安心させるような……斎藤からみても原田はそんな人間的魅力のある人間だった。
「んな怖ぇ顔すんなって。いいだろ?金平糖くらい。」
こういうからかいの言葉も原田に言われるとそれ程心が波立たないのはやはりそれも彼の人柄ゆえの事だろう。
そのまま二人で歩いてゆくと―――廊下の先に何か落ちている。
傍まで行って拾い上げると、それは常日頃彼女が使っている髪の結い紐だった。
「ったくしょうがねぇな。……じゃ、俺コイツと一緒にちょっと部屋の入り口まで届けてくるわ。」
もう一度包みをひょいと持ち上げて見せた後、原田は千鶴の部屋へと向かった。
それだけの用にわざわざこんな時間一緒について行くこともあるまいと歩き始めた斎藤の背を追うように
「おいっ斎藤っっ!!」
今しがた千鶴の部屋へと向かったはずの原田が潜めた……けれどとてもするどい声で呼び止めた。
その声の調子で何か起きたのだと察し振り向くと、原田が顔を強張らせて近づいてきた。
「どうした。」
「アイツが部屋にいねぇ。部屋だけじゃねぇ、厠にも中庭にもいねぇし……」
『第一、布団が敷いてねぇんだよ』という原田の言葉に、斎藤は眉をひそめた。
先程、風呂上りの千鶴と廊下で別れてからかなりの時間が経っている。
あの後彼女は自分の部屋へと戻ったのではないのか?
「……探すぞ。」
言うなり静かに走り出した斎藤を、原田も無言で後を追った。
「俺はな、ずぅっとお前が目障りだったんだよ。」
酒の匂いを強く撒き散らしながら、男はわざと千鶴の耳元で囁くように言葉を発した。
―――まるで嫌がる姿を楽しむかのように。
敷地の隅にある蔵に連れ込まれた千鶴は、荒縄で後ろ手に縛り上げられ、先程からずっと言葉で嬲られていた。
男は斎藤の率いる三番組の隊士だった。
組長である斎藤に憧れ、尊敬し、彼の役に立てるのなら命を投げ出すことさえ厭わないと公言する男だった。
「俺たちはな、命張ってんだよ。命張ってでもあの人達に認めてもらいてぇって必死なんだよ。」
『なのにお前は―――』
同じ組に属する自分ですらあまり会話をした記憶のない斎藤や、普段近寄りがたい存在の幹部の人間達が
何の役にも立たないこのひ弱な人間を大事に扱う事が納得できなかった。
実際千鶴は巡察に同行する事はあっても、いつも誰かを探している風で刀を使う姿を見せた事がない。
洗濯や掃除など出来る範囲で土方の許可を貰い動いているがそれはあくまでも幹部の分のみ。
日頃千鶴の存在を否定している男の眼には、『何の役にも立っていない』ように映っていたのである。
「だからよ、今夜は言いてぇ事全部言わせてもらうまで、お前をここから出すつもりはないから。」
斎藤と別れてすぐここに連れ込まれたため、身体はすっかり冷え口の中で歯がカタカタと音を立てた。
「……もうやめませんか?こんな事やっても何も変わらないと思います。」
「変わらないってのはどういう事だよ。これから先もお前は役立たずのくせに幹部に大事大事にされてくってのか。」
―――先程から何度繰り返されたか判らない同じやりとりに、千鶴は思わずため息を漏らした。
それが男の癇に障ったらしい。
赤く濁った眼でジロリと見下ろし、
「……気にいらねぇな。お前の何の汚れも知らねぇってその面が気に入らねぇよ。だったら一層のこと―――」
そういうと男は自分の唇を無理やり押し付けてきた。
男は千鶴が本当は女だと知っていたわけでも、衆道の気があったわけでもない。
ただ酒で気が昂ぶっていたのだろう。
「……っんっっ!!」
唇に押し当てられるぬめっとした感触が気持ち悪い。
男の荒い呼吸が無理やり唇をこじ開けさせ、酒臭い息を送り込んでくる。
息ができなくて……苦しくて頭の芯がボォッとなった千鶴の隙をつき、男の唇が首筋へと移った。
嫌がって身を捩る千鶴の身体を上から押さえ込み、首筋に幾つもの痕を残してゆく。
あまりの恐怖に声が出ない……けれどこのままでは……と、自分の気持ちを奮い立たせ、
「いやぁっっ!!誰かっ……斎藤さんっっ!!」
まるでその声に応えるように蔵の扉が開き二つの影が飛び込んできた。
「……何をしている。」
斎藤が男に問いかける声は、今まで耳にしてきたどんな時の声よりも冷たく突き放すような声だった。
「……ひでぇことしやがる……おい、大丈夫か?」
原田が手を拘束していた荒縄を解いている間、斎藤は尚も男に畳み掛ける。
「ここで一体何をしている。」
「あ、あの……俺は……その……」
「斎藤さん……あの、私もう大丈夫ですから。」
事を荒立てまいと間に入って止めようとする千鶴の首筋に残っている幾つもの痕が目に入った瞬間、
斎藤は頭にカッと血が上り身体の熱があがるのを感じた。
次に気付いた時にはもう、左手は強く拳を作り、足元には男が倒れていた。
「その状態のどこが大丈夫なのか言ってみろ!俺達が駆けつけてこなかったら今頃お前はどうなっていた!!」
こんな風に話す斎藤の姿を、千鶴はおろかその場にいた原田ですら今まで目にした事がなかったように思う。
その言葉に、それまで気丈に振舞っていた千鶴の脳裏には先程までの恐怖と男の唇の感触が甦り、
両腕でギュッと強く自分を抱きしめ、涙で顔を歪めた。
寒さと恐怖で身体を震わせる千鶴を見兼ねた原田が、
「……斎藤、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇだろ?」
そう口を挟むまで、斎藤は千鶴を睨み続け、千鶴はその突き刺さるような視線に耐え切れず俯き涙を零していた。
「……コイツは、俺が部屋まで連れて行くから。お前はソイツの事と土方さんへの報告を……な。」
『ほら、行くぞ』と原田が肩を抱き蔵を連れ出す間際、千鶴は濡れた瞳で斎藤を見上げた。
瞬きもせず、自分の堅く握りしめた拳を睨み続けている斎藤の姿に、千鶴はもう何も言えなかった。
外はいつの間にか雨が静かに降りだしていた。
「いいか?今夜はもう何も考えずに、もう寝ちまえ。」
障子を閉めた原田の耳に、雨に掻き消されそうな千鶴の声が届いた。
こんな夜遅く、周りに迷惑をかけまいと布団にでも顔を押し当てているのだろうか……
「…っ…ふっ……斎藤さん」
……それは小さな小さな嗚咽だった。
(次回へつづく)
今回のタイトルは『恋したくなるお題』様の【歩み寄る二人の為のお題】からお借りしました